- 第27回 酒器は、銘酒に欠かせない最高の小道具だと思う。「ながい」で出逢った「群雲」という名のぐい呑みは、間違いなく、私の人生を彩る大切な小道具の一つになるはずだ。
- (株)カシヨキャリア開発センター 常務取締役 松井秀夫
「ながい」は、20年以上にもなる私の隠れ家なので、思い出がたくさんある。タウン情報誌の取材で出会ったことは、前項でも記したが、その出会いをさらに豊かにしてくれたものの一つに、ぐい呑みや徳利などの酒器との思い出がある。
今でも「ながい」では、たくさんのぐい呑みから、お気にいりを選べるが、通い始めた当時、そんな粋な心遣いの店は、まだ珍しかったのでないか。ある日、たまたま手にとったぐい呑みに魅了された。いぶし銀のような色合い、野趣に飛んだ肌理を持つ器は、「群雲」(むらくも)という名があると、ご主人が教えてくれた。「中をのぞいて見て。丸く白濁した部分があるでしょ。それは、焼入れをしているとき、窯の天井から釉薬が一滴落ちて、底にたまって、そうなったんです。作家はそれを、凍てつく冬の夜空に浮かぶ雲に見え隠れする月の情景にたとえて、『群雲』と名づけたんでしょうね。お酒を注いで眺めると、いいお月見になりますよ。」作家は、信州新町に窯をもつ高名な方だという。なるほど、深い世界だ。陶芸にはまったく疎いが、永井さんの説得力と、手に包み込んだ時の存在感、指先に伝わる土の質感、口に流し込む時唇に
あたるその肌触りに、以来、とりつかれた。
ぐい呑みといえば、人生の達人と畏敬する社長さんから、昔、こんな話を聞いたことがある。「私は、気に入ったぐい呑みを買うと、しばらく里子に出すんだ。」怪訝な顔をする私に、「お店に置いておいて、他のお客さんに使ってもらえば、器に酒が沁みこんでいき、馴染んでくるんだよ。それと、いろいろなお客の唇に
あててもらうことで、上縁の
あたりも滑らかになるしね。1、2年して、その大事な里子を引き取りにいくのが、けっこう楽しみなんだ。」という。なるほど、こちらも、かなり深い…
私もそろそろ、「里子」に出してある(つもりの)「群雲」を引き取りに行くタイミングを考えなければならない年齢になった。もう少し大切に育てていてね、と「里親」の永井さんに頼んではあるが、20年も育ててもらった「養育費」を、一体いくら持参すればいいのか、いまから心配だ。
平成23年2月