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第3回 戸隠神社奥社参道
カシヨ(株) ISO推進室室長 吉沢万里子
 長野市の北西に位置する戸隠高原は、市街地から車で1時間足らずという手軽さながら、変化に富んだ自然と歴史探訪、植物観察、野鳥観察、山歩き、それにソバを食べるという楽しみまで満喫できてしまう場所である。なかでも、戸隠神社奥社は、折にふれて訪ねたくなる。

 山岳信仰の修験の地だったというだけあって、杉の大木が深い蔭を落とす奥社参道は、侮れない厳しさも秘めている。参道入口から奥社まで約2km。はじめはなだらかだが、随神門を過ぎると次第に勾配がきつくなり、ちょっとした軽登山の趣を見せてくる。

 私が初めてここを歩いたのは小学生のころ。高原とはいえ8月の日中のこと、重いリュックを背負い、視界の開けない杉並木の参道を絶望的な気分でたどったことを覚えている。社殿のたもとに着いても、急な階段(というより階段状の斜面?)が最後の難関として立ちふさがる。それだけに、ようやくたどりついた奥社は、印象的だった。岩肌をあらわに奇怪な山容を見せる戸隠連山を背に、来た方向をふりかえれば、緑に覆われた高原がおだやかに広がり、涼しい風と鳥の声が疲れを癒してくれるのだった。

 以来、何度も歩いた道であるが、いつしか奥社入口の駐車場までは車、というのがあたりまえになってしまった。半日も時間があけば行けるのだから、便利ではあるのだが、どこか味気なくもあった。

 今年のゴールデンウィークのよく晴れた日、思い立って長野駅前からバスに乗り、戸隠高原に行った。陽気な運転手さんの楽しいおしゃべりに、知らない同士の乗客ともども大笑いしながら、遠足気分で奥社入口に着いた。この冬長野市内は雪が少なかったのに、奥社参道は残雪に覆われていた。地元の私でも一瞬ひるんだこの道を、さまざまないでたちの観光客たちも歩いていく。最初はにぎやかだったのが、みな次第に口数も少なくなり、最後は力をふりしぼって雪の急斜面を登り、まるで巡礼のように奥社をめざす。

 奥社に着き、まずは参拝してから、手水でほてった顔を冷やした。何度も雪崩で崩壊した奥社社殿は、小学生のころ見たものから何代目になるのだろうか。用意した地図で、これから歩く森林植物園から宝光社までの道を確かめる。汗はとめどもなく流れるけれど、高原の空気は心地よく、心はあの夏の日のように弾んでいた。