キャリアの隠れ家
第23回 車中は、一人きりの「素」になれる貴重な時間。クラプトンの「枯葉」を聞きながら走るルートは、高速道路よりも、旧道の風情がふさわしい。
仕事などで長いこと車の移動が日常化されていると、現役を引退してからも、「スピード」が快感として大脳に蓄積されていて、家の中でじっとしていることが苦痛になると心理学系の本で読んだことがある。私は、長野にUターンしてから32歳で免許をとるという奥手だったのだが、以来30年、1年で4万キロ以上も走る経験を何年もしたので、きっとその症状があらわれるだろう。
15年ほど前、松本営業所の開設に携わった時、ちょうど高速道路が全県開通した当事で、奥の深い中南信地区を営業活動していた立場としては、高速道路を最大限に活用して東奔西走しなければならなかった。年間3万キロ以上走るのは、タクシーの運転手さん並と聞いたが、私自身は運転することにはさほど苦痛はなかった。
車中では、CDを聞いて過ごすことが多いが、やはり仕事のことが頭から離れない。大事なことを突然思い出し、ポストイットに殴り書きしながら走るのは、今でも同じだ。カウンセリングのご指導をいただいている先生を助手席にお乗せしたとき、「松井さんの前には、『お花畑』があるのね」とおっしゃった。メモした赤や黄色や青色のポストイットが、フロントパネルのあちこちに乱雑にはってある光景を見て、そう表現されたのだ。
今でも、相変わらず時間に追われ高速道路を走ることが多いが、先日、安曇野から伊那までの移動に少し時間の余裕があったので、国道を走ることにした。塩尻から辰野を経て伊那までの国道153号線は、宿場町や峠道の風情を楽しめる落ち着いたルートだ。流れるCDは、エリック・クラプトンのニューアルバムにした。クラプトンは、私より4歳上で、デビューして今年でちょうど40周年という。20代に憧れたニュージシャンの一人だった。ニューアルバムでは、年齢を重ねて磨かれ抑制の効いた渋い歌声の「枯葉」が最高。ちょうど紅葉の峠道にさしかかった頃、偶然に流れてきて、車窓を流れるひなびたまち並みとともに、私の感慨を誘った。「永ちゃんの『枯葉』もいいかも…」、などと、たわいもないことを思いながら、現役を引いたら、次の「アポ」など気にせず、若いころ聞いた音楽に包まれながら、のんびり国内一周の旅もいいな、と思った。
一人ではさみしい気がするが、かといって、女房を誘う勇気もない…。
22年11月3日
次回は、11月下旬予定