キャリアの隠れ家
第11回 松本民芸館
松本城(松本市)から美ヶ原温泉に向かって10分ほど車を走らせると、松本民芸館にいたる。いまから50年ほど前、松本市内で工芸品店を営んでいた店主が、日本の民芸運動に共感して長年にわたり収集した民芸品を展示するために開設した施設だ。
もう、10年ほど前になるだろか。同じ民芸館の名をつけた東京駒場の日本民芸館を訪ねたことがあった。そのときの感動と同じ感慨を、私は、この松本民芸館を訪れる度に抱く。
建物の前庭は、ブナやケヤキの雑木林になっていて、初夏の新緑や秋の紅葉もいいが、1月に訪れた冬枯れの風情は、なぜか、心に沁みた。
ここに展示されている民芸品の数かずは、意識的に装飾されることなく、内実から染みでる美しさで、私の心を捉える。民芸の、無意識の美。ただそこに、真摯に存在するだけで永遠の生命が輝く、そんな作品に包まれて過ごす時間の贅沢さよ…
李朝の白磁壷は、立原正秋が愛玩した同じ李朝壷のエピソードを思い出さ、興味深い。廊下の隅にさりげなくおかれている沖縄の、シーシーガミとよばれる魔よけの陶製は、見飽きることがない。地元洗馬焼きや松代焼きの逸品もある。小1時間かけて、1階から2階、そして1階にもどり、200年は経っているというイギリス製の椅子が並ぶ休憩所に腰を下ろすと、ジーン、ジーンと、柱時計が、懐かしい音で、時を告げる。
ここで出会う民芸品の、寡黙で愚直なまでの美しさは、毎日の忙しさの中で忘れがちな何かを、私に思い出せてくれる。それは時に、幼いころの自分の姿であったりするのだ。
平成22年1月