キャリアの隠れ家
- 第44回 交換日記第3回は、恋愛と仕事について、K君から、いきなりの直球勝負。ちょっと、反則技じゃあないの、と戸惑いながら、ちゃんと、打ち返したかな…
K君から私へ
Mさんは、好きな女の子のために仕事をするということを、どのようにお考えですか?
彼女のために仕事をするというのは、彼女のために仕事をガンバル、というような間接的、抽象的な問題ではないのです。私の場合相手が学生なので、彼女が喜ぶような印刷物を作ることができれば、という動機で、(ちょうど、A社の学生向けPR誌を出す機会があったので)、むりやり企画に参加させていただいたわけなのです。まったく個人的なコトから、話が大きくなってしまって、今とてもとまどっています。こうなった以上は、突っ走るしかないのですが、あまりにもあまりにも熱くなりすぎて、とんでもない失敗をしそうです。
動機は動機として、これからの実作業には、個人的な感情が入らないように気をつけるつもりですが、Mさんの意見をお聞かせください。この企画を成功させて、彼女を本当に喜ばせたいと思っています。
好きな女の子といえば、前に私の卒業論文について話したことがありましたね。あの時は、時間がなくてあまり話せませんでしたが、今日は、もう少しそのことについて書いて見たいと思います。
「なぜ、私はあなたのことを知ることができるのか」。確かに変わったタイトルの論文でした。恋人たちのことを扱ったものですが、私の言いたかったことは、「他者の気持ち」という「私」が直接体験出来ない現象を、あたかも体験しているように振る舞うことができるのはなぜか、ということでした。そこで問われるのは、個人の内面で起きる心理ではなく、「私」も「あなた」も「あの人」も、他者をわかったように思える社会は何かということ。わたしがあなたを思っているのは、決してあなたの気持ちそのものを私が知ることではなく、私が体験するのはあなたについて、私が意味を与えるからなのです。そして、私が理解するこの社会も私に前に存在する社会そのものではなく、私が体験した社会に私が意味を与えたものということができます。つまり、私が変われば社会も変わるということで、この世に真理がたとえあったとしても、私たちが認識できるのは真理ではなく、真理に与えた意味ということになります。私が「絶対的価値」など信用出来ないといったのこうした背景があったからなのです。
私からK君へ
仕事と恋愛、とてもストレートなテーマだね。僕にとってはるか昔に通りすぎたこのテーマも、君にとっては、眩しく切実なことなんだろうと思うと、なぜか、嫉妬を覚える自分が、いる。
仕事をするというは、自分自身のためである、という前提に立てば、好きな女性のために仕事をして、気を引きたいということもあり得るわけだけど、仕事をするということが、他者のためであるという真面目な立場に立てば、好きな彼女と仕事との因果関係は、何もないわけで、何故か、滑稽でさえある様に思える。
当面、仕事に本気で取り組むために、好きな彼女の役に立ちたいと思うことは、もちろん、OKだ。でも、その成果は、自分自身や彼女のためではなく、本来のお客様のためであることを、できるだけ早く実感して欲しいと希うばかりだ。
さて、昭和64年度の新しい100周年推進委員会がスタートした。創業100年にあたる66年も、あと2年後に迫ってきた。会社が、100年の年齢を重ねることは、もちろん、素晴らしいことだが、しかし、この素晴らしさは、どうやら、我々社員よりも、社外の皆さん、お客様や取引先の皆さんのほうが、良く解るらしい。県内に会社が約4万社ほどあるらしいが、100年続いている会社は、多分100社にもみたないのではないか。つまり、400社に1社の確率で弊社は、生き残ってきたわけだ。100年続くことの素晴らしさを、君に具体的に説明するために、こんな例えでいえば、わかるだろうか?
さて、会社は、社員とお客様で成り立っているとして、100年の間に、どれほどの社員この会社で働き、家族を養い、人生を全うしたのか。また、弊社を存続させていただくために、どれほどのお客様や取引先が支えてくれ、どれほどのご担当者が弊社の先輩方とお付き合いし、人間関係を結んでいただいたのか。そのことへの想像力をたくましくすることが、100年を継承する我々に必要な使命ではないか、と思う。
100年間で繰り広げられた先輩社員たちの、文字通りのライフワークに、敬意を表したい。そんな歴史的時間にめぐり合うことができる我々は、なんと運のいいことか。
好きな女の子にために仕事をすることも大切だけれど、今の仕事を支えてくれた先輩方やお客様のことを、この機会に、できる限りの想像力を尽くして、考えて欲しい。
社会学を学んだ君には、きっと関心あるテーマではないだろうか。
平成23年8月改訂版として
・写真は、昭和60年に制定されたカシヨ印刷創業100周年キャンペーンマークが配置された当時の名刺です。