キャリアの隠れ家

キャリアの隠れ家

第77回 人材マネジメントに欠けている視点がある。私は、それを「弱みのマネジメント」と名づけることにした。不得意なことや短所を素直に開示して、人の助ける得ることに上手になることは、大事なビジネススキルの一つになるだろう。



  40年も宮仕えしていると、いろいろな上司や同僚、部下と出会う。目標にし、その人の後姿を追いかけてきた人もいれば、よき先輩、ライバルとして、切磋琢磨してきた人もいる。そして、一緒に苦労をし、至らぬ上司である私を支えてくれたたくさんの部下たちも忘れがたい。そんな部下の一人に、一言では語りきれないほどに強い絆を感じる思いの人がいる。仮に、Aさんとしよう。

  Aさんは、もう25年前にもなるか、「御社にぜひ入社したい」と、求人していないにもかかわらず、電話で自らを「売り込んで」きた人だ。  前職の広告代理店に在職中に電話をかけてきてくれたのだが、そのきっかけは、当時私が担当していた県内中堅企業のCI活動が地元紙で紹介され、それをみて、「こういう仕事をしたい」と、思い立ってのことだと「志望動機」を語っていた。「そこまで情熱があるのなら」と入社してもらうことになり、以来、組織的には、一時的に私と離れた数年間があったが、ほぼ20年ほど部下として、私を支え続けてくれた。

  彼は、いわば天性の営業マンで、当時主力商品であった「採用情報誌」の広告営業や、県内各地の観光地のプロモーション提案、地方自治体の広報企画などに、素晴らしい行動力を遺憾なく発揮し、大きな成果を出してくれた。特に新規開拓に関しては、「ええ、いつの間に」と思うほどに「意外性」のある営業活動ぶりには、たびたび舌を巻いたものだった。

  平成6年から4年間ほどは、一緒に松本営業所の立ち上げに大きく貢献してくれた。今でも楽しく思い出すのは、当時私が担当していた顧客が、初めて自社工場を地域のみなさんに解放し、一日家族で楽しめるイベントをしたいと頼まれた時だ。Aさんは、前職で催事など様々なイベントを取り仕切る仕事の実績を持っていて、初めてのことで細部の要領が分からず戸惑う私の代わりに、テキパキと「力仕事」を肩代わりしてくれて、ずいぶんと助けられた。

   しかし、人間には、長所ばかりではなく、短所も併せもっている。Aさんのすばらしい行動力には、多少の「危うさ」をはらんでいることに気がついていた。その「危うさ」とは、Aさんの「負けず嫌い」の感情によって起こり、成果を急ぐあまり冷静な判断ができなくなり、せっかくの行動力が空回りし、無駄な浪費をしてしまうことにもなる。

   私は長いこと、「EQ」(Emotional Quotient)や「Competency」を勉強をしてきた。EQとは、アメリカで研究された行動心理学の領域の学問で、もう20年ほど前に、『心の知能指数』と邦訳された紹介本が話題になった。感情は、仕事する上で最重要な『資源』であり、賢く感情を使うことは、仕事のパフォーマンスに大きな影響を及ぼす」という概念だ。

  「負けず嫌い」という感情も、理性的に賢く使えば、重要な能力になるのだが、逆作用してしまうと、個人的にも組織的にも、ストレスの大きな原因になってしまう。私は、AさんにEQソリューション事業を展開している会社の研修を受けるよう勧め、Aさんも熱心に学んでくれ、EQソリューションのプロフェッショナルとしての資格をとるところまで頑張った。

   さてAさんも年齢を重ね、マネージャーとしての役割を担うようになっている。私は、毎年メンバーに書初めを書くように要請し、その一年、社内に掲示してきた。今年Aさんは、「チームワーク」と書いてきた。「おお、わかってきたな」、負けず嫌いなAさんが、どんなチームワークをマネジメントしてくれるのかと期待しているのだが、ある日、Aさんと、こんな話題で盛り上がった。

   高い実績あげ、誰にも負けないと自負をもつビジネスマンほど、自分の弱みを隠したくなるものだ。しかし、チームワークをマネジメントしていく立場になれば、自らの弱味や足りないところを素直に開示して、同僚や部下のサポートを得ることから、チームワークをつくりあげるという方法論が大切ではないか。「そうだ、それは、『負けず嫌い』なリーダーに必須のマネジメントスキルになるね」「あなたの行動力は私も敵わないと思えるほどだが、行き過ぎると、お客様の隠れたシーズを、見逃してしまう危険を孕んでいる。敷衍すれば、負けず嫌いなリーダーに率いられるチームは、そのリーダーシップの使い方を間違えてしまうと、チームワーク自体に悪影響を与えてしまう。あなたの行動力に、柔軟さやしなやかさが加われば、申し分がないのだけれど。言い換えれば、『負けて勝つ』という姿勢を持つことではないか。それは、『EQ』だよね」と。

   「負けて勝つ」ために必要な「EQ」は、先ずは、自分の弱みを素直にオープンにして、周囲の力を上手に借りることだ。Aさんは、どちらかといえば、自分の弱みをオープンにすることが苦手なタイプだ。人には長所も短所も、平等に備わっている。長所はもちろん大切な能力であるが、短所も能力に変えることできるし、それはEQ的には、非常に重要なビジネススキルになる。最近富に体力的な衰えを感じてきた私は、自分のできないことを認め、代わりに、周囲の人の力を借りることが否応無く必要になってきたが、そのためにも、できないことを積極的にオープンにしなければならない。それは、意識的に自分の「弱み」を開示することであり、マネジメント的なものいいをすれば、「自分の弱みを、自分一人で解決しようとしない」ということだ。人は、自分一人でできることには限りがある。自分の「弱み」や「短所」を、素直にオープンにして、周囲の人たちに上手に、助けてもらうこと。これは、「弱みのマネジメント」と言える。

   さて、20年あまり、私の刺激的なビジネスシーンに欠かせない登場人物として支え続けてくれたAさんに、あらためてお礼をいいたい。そして、これからは、二人で気がついた「弱みのマネジメント力」の大切さを忘れず、チームメンバーの能力を最大化して行くことを意識して欲しい。自らの成果のためのチームワークではなく、チームメンバーの成果のために、自らの「EQ」をどう発揮して行くか、大いに期待したい。

 平成25年6月9日

松井秀夫