キャリアの隠れ家

キャリアの隠れ家

第69回 「天職」とは、「天からの声」が聞こえることだという。私は、友人の「声」で、「人材」に関わる仕事を「天職」だと思うようになった。

東京時代から残っているわずかな本のなかの一冊。職場活性化について、ずいぶん勉強した。



 各メディアで、学生たちの就活や、中高年の転職についての記事が溢れている。 逆の言い方をすれば、社会構造のかなりの比重で、雇用や働き方についてのバランスが崩れ、苦しんでいる人たちが多いということになるのだろう。

  私が、就職支援の仕事に携わるようになってから、25年ほど経つ。長野に帰ってきて、運良く、現在の会社の親会社に当たるカシヨ印刷株式会社に就職することができた。しばらくして、カシヨで、就職情報誌の出版事業がスタートし、数年後、先輩からその仕事を受け継いで、就職情報誌の企画編集や、広告掲載の営業に従事するようになった。以来現在に至るまで、私のキャリアの40年のうちの半分以上は、企業の雇用課題や個人の働くことの支援に関わる結果となっている。

  実は、今の仕事は、私の「天職」だったのかもしれないと、思うようになってきた。というのも、企業の経営の立場で、「働くこと」、正確にいえば、「雇用管理」について関心を持ったのは、大学を「勝手」に卒業して、広告代理店で、コピーライターの仕事をするようになった、私のキャリアの出発点に遡ることができるからだ。

  広告代理店に勤めていた時代、面白い仕事の一つに、「CI」(Corporait  Idenntity)と呼ばれた、企業のイメージアップや組織活性化を総合的に支援する仕事があった。アメリカの広告手法の一つとして日本に紹介されたばかりで、まだ、ヨチヨチ歩きの「広告マン」としては、その奥深さも良くわからないまま、先輩の書く企画書の手伝いをしたり、「企業スローガン」作りをして、プレゼンテーションの末席に連なったりした。

  CIとは、会社の経営理念の再構築し、それをもとにして、シンボルマークやキャッチフレーズをつくり、総合的な広告展開を図るという手法なのだが、一方では、その会社に勤める社員自身に対しても、愛社精神を育み、モチベーションをあげていくという目的も併走するものであった。

  私は、CIの中でも、後者の「社員の愛社精神をどう育てるか」「社員モチベーションをどう高めていくか」というところに、CIの効果を期待し、興味を持っていたのだが、当時は、シンボルマークの制作や、大金を投じる広告展開など、いわゆるマーケットに向けた対外的活動が優先されていた。シンボルマークのデザイン代に、数百万、否、数千万円を投じることなどが当たり前のようにされていたし、企業のイメージアップのためのコマーシャルや印刷物の制作も大くの比重を占めていたので、「愛社精神を育てる」「社員モチベーションを高める」という、デリケートで、地味で、気長く取り組まなければならない、社内向けのCI活動は、予算的にも時間的にも、後回しになるケースが多かった。

  長野に帰ってきて、たまたま、学生向けの就職情報誌の仕事に携わることになり、企業の採用支援という仕事にすっと入れたのも、東京時代、CIでやれなかった「企業と人材のあり方」という問題意識が、ずっと、くすぶっていたせいかもしれない。

  12年前(平成13年)、本社から、就職情報誌など人材事業部門を切り離し、子会社をつくっていただけることになってから、たまたま、かつての同僚だった友人と、飲む機会があった。彼は、カシヨに入社して出会い、年齢は、私より2、3歳、歳下だが、同じ大学で、私が先輩ということもあり、一番早く飲み友達になってくれた。その後、4、5年して彼は、証券会社に転職していったが、私とはウマがあったのか、同僚の関係が解消されてからも、毎年、1、2度飲むことになっていた。

  酒も進み、「今度、人材事業専門の仕事をすることになった」と報告をしたところ、彼は間髪をいれず、「ああ、それはいい。松井さんに、ぴったりだよ」といった。私は少し意外な気がして、彼の顔を窺ったが、彼は、まるで当たり前のように盃をほして、「それが、いい」と、穏やかな口調で繰り返した。

  彼とは、同僚としては、4、5年の短いおつき合いだったが、私のことを、よく見てくれていたこと、そして、「それが、いい」と言ってくれたのは、私の仕事ぶりを彼なりに見ていてくれ、好意的に受けとめてくれているということが、彼の話ぶりからすぐにわかり、とても素直に納得できた。

  さて、「天職」とは、英語でいうと「calling」というそうだ。ある日、卒然と、天からの「声」が聞こえ、「天から与えられた仕事」だと、悟ることだという。幸いにして、私は、あの時の友人の「それは、いい」という一言が、「天からの声」だったように思える。

  この人生、色々なキャリアの道があったのだろうが、今の仕事で良かった、と思えるのは、幸せなことなのだろう。そして、その後どれだけ、その仕事を深め、人様のお役に立つことができるかどうか。まだまだ未熟だが、「天職」に出会えたという幸福感を大事にして、今後とも、精進して行きたいと思う。

 平成25年2月5日

 株式会社カシヨキャリア開発センター

常務取締役  松井秀夫