キャリアの隠れ家

キャリアの隠れ家

第45回 「企画」に必要な想像力を「社会学的想像力」に置き換えた、K君。当時の人気バンド、ブルーハーツまで登場させて、鋭いリターンだった。

私からK君へ

今日、君からコンセプトワーク研究会に是非参加したいといわれた時は、うれしかった。これまで、君を誘わなかったのは、別に他意があったわけではなく、あくまで、僕の私的集まりだと思っていたからなんだ。次回から、参加してもらうにあたって、この会の目的やメンバーについて、話しておこう。

僕は、モノを売るために立てる企画というものは、人間学を実践するものだと思っている。人間学というと大げさだが、人間の心を、喜びや、痛みや、楽しさや、苦しさを、客観的に、システム的に思いやることだと考えてもいい。だから、我々が、クライアントの販売促進を企画提案するとして、どんなにたくさんの知識や技術を身につけても、不足するものがある。

企画するということは、人間と真正面に向き合い、人間の心の動きに敏感になることだと言いたい。たとえば、モノを買うときの心の機微。その人間の内実に入り込み、我が身として想像して、心の行くつく終着点を的確に予測し、提案すること。それが、企画提案することの原点ではないか、と思う。(余談、君が今、悩んでいるD社の企画について、なぜダメなのか、それは、人間のドラマ、ストリーがないからではないか)

企画する時の最大のエネルギー源は、想像する力だ。そして、優れた想像力とは、その根っこに人間のリアリティが、逞しく渦巻いているものだ。リアリティのない想像力は、単なる思いつきや空想にすぎない。もっとも、目の前のリアリティしか見えないクリエーターが多いことも問題だけれど、ね。

モノを売るための現状認識、クライアントの戦略への共感、そして、パワフルな想像力が加われば、そこに的確な企画の筋道が導かれるはずだ。それが、コンセプトワークということだ。とりあえず、我々にとって、クライアントへの提案の形は、印刷物だったり、ノベルティだったり、新聞広告だったりするわけだけれど、このコンセプトワークの領域をともすると、忘れたり、手抜きしたり、最初から、意識さえしていない、ということはないだろうか。僕には、ずっとそんな反省があった。そんなことを言い続けてきた僕に共感してくれた社外スタッフ何人かが集まって、勉強会が始まったというわけだ。

現在メンバーは、6名、主にコピーライターだが、インテリアデザイナーもいれば、ルポライターもいる。君の知っている人もいれば、そうでない人もいる。女性メンバーもー2人いる。毎回、彼女達から発信される意見は、本当に刺激に飛んでいて、現代の消費社会の主流が、まさに女性であることを痛感させられるよ。次回は、来月の第一火曜日、大通りあるホイヤルホストで、7時から。テキストは、油谷遵氏の『マーケティングサイコロジー』だ。

K君から私へ

前回Mさんの話の中にでてきた「想像力」という言葉で、また思い出した本があります。学生時代、何かにつけて読み返していたミルズというアメリカの社会学者が書いた『社会学的想像力』という本です。

ほとんどの人は、社会の動きを自分とは関係のない、自分にはどうしようもないものとして生きています。しかし、「私」の個人的な価値観、行動様式などは、現在の社会から形成されたものです。例えば、今、中高校生に人気のある「ブルーハーツ」というバンドは、政治的メッセージをある程度出したパンクバンドで、少し前までなら完全にアウトサイダー的存在のはずでした。

ポピュラーになったパンクという奇妙な現象は、そのまま現代の姿のはずです。それは、子供たちにとって、絶望以外のなにものでもないことを表してします。一時流行った校内暴力、家庭暴力、子供の自殺などはまだまだそれが特殊な例だという処理のされ方をしていました。しかし、パンクのポピュラー化は、ブルーハーツを好きな子供達が全て生活としてのパンクを体現(一目でそれとわかる格好をする)しているわけではなく、ごくフツーの子供として存在している所に一般化された時代の姿を示しています。

ブルーハーツに人気が集まるということが、現代社会の閉塞性を表している、ということを全ての人が感じてはいないでしょう。私は、「風が吹けば桶屋が儲かる」という、一見関係がないような原因と結果の間の因果関係を説明するのが社会学だと思っています。そして、この関係がないように見える2者の関係を説明しようとする力が「社会学的想像力」だといえます。

Mさんのおっしゃった人間学とは、この「社会学的想像力」のことだと考えました。どう、思われましたか。

想像力をもって印刷メディアに関われることは、それを読む人が日頃無意識に感じているモノを代弁し、共感をもってその印刷物を受け入れてもらうことだと思います。

※本稿は、1988(平成元)年4月に発行された「長野県LEAD」に掲載された原稿を再録いたしました。

当時、油谷氏の著書同様に、たいへん刺激を受けた井上優氏著『』ライフスタイルマーチャンダイジング』(宣伝会議)